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2017年06月29日

原爆の子の像〜六年竹組の仲間たち〜

桐生西ライオンズクラブ結成35周年記念講演会の内容です
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広島の平和記念公演内にある「原爆の子の像」今は全国から平和への祈りと共に沢山の折り鶴が収められています、修学旅行の際学校でみなさんも折り鶴を折られた方もいらっしゃると思います。

「原爆の子の像」は行政や国が作ったのではなく、原爆被爆を受けた広島の方々、当時小学生だった佐々木禎子さんが六年竹組の仲間達と仲良く勉強をされていたのに、突然原爆病の病にかかりやむなく入院生活をされ禎子さんはいつか元気になって六年竹組の仲間たちとまた学校に行きたいと念じ折り鶴を折って病気の快復を待っていました。が残念ながら原爆病の病に負けお亡くなりになりました。佐々木禎子さんの思いを引きついて川野登美子さんを中心とした六年竹組の仲間たちが地域や国に働きかけ原爆の子の像を建立されました。

今や平和を希求する世界中の方々が「原爆の子の像」で平和を祈っています。

川野登美子さんのお話は戦争の惨たらしさ原爆の悲惨さだけでなく、その後仲間たちと共に平和に向かって行動することの大切さを教えてくれます。仲間と一致団結し具体的に行動したから「原爆の子の像」が建立出来ました。

また、昨年オバマ大統領が広島へ訪問され平和記念公園で祈りをささげられました、その時にオバマ大統領はそっと折り鶴を置いて行かれました。オバマ大統領は平和への祈りを折り鶴に託されました、その事を見た川野登美子さんはオバマ大統領へ折り鶴への思い平和への思いを込めたお手紙を送りました。

そうしたら、オバマ大統領から川野登美子さん宛に返事のお手紙が届いたのです!
これも、平和へ具体的に行動した結果です、とても勉強になります、私たちも今ある平和のありがたみを身に染みて感じこれからも平和を守っていく大切さを学ぶことが出来ました。

川野登美子さんは、「原爆の子の像」に収められた折り鶴を折り紙に再生し、その折り紙で皆さんと平和について語りながら折り鶴を折るという平和への活動を取組んでおります、その第一号が桐生西ライオンズクラブ結成35周年記念講演会とさせてもらいました、ご来場の方々に折り紙を配布させて頂きました、これから折り鶴の運動が世界に広がっていく第一歩が桐生となりとても素晴らしい記念講演となりました。

川野登美子さんありがとうございました。

原爆の子の像〜六年竹組の仲間たち〜ウェブサイトです↓
http://genbakunokonozou.com/

原爆の子の像DVD貸出ます お問い合わせは桐生西ライオンズクラブまでお願いします
桐生西ライオンズクラブ 事務局 0277−54−9363

Posted by 専務 at 05:50 | Category : | Comment : 0

2017年06月25日

広島への訪問

ライオンズクラブで戦争体験を伝える講演会を企画しまして、広島で原爆被爆体験をされた川野登美子さんに講演会の依頼に広島へ訪問致しました。

わけあって、広島へは東京駅〜広島駅の夜行バス!22:00出発で翌朝9:00広島に着きました、当時はあいにくの雨といってもとても凄い土砂降り!!傘さしててもずぶ濡れ状態!寂しいおじさん一人旅に豪雨の冷たさが更に辛さを増してくれます。(笑)

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原爆ドームの石碑です↑
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まじかで見る原爆ドーム、壁だけ骨組みだけになった建物を見て。。。当時たくさんの方がここで普通に仕事してたのに、なんてことが起きたんだと。。。
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原爆ドームの横にゆっくりと流れる元安川、当時たくさんの方々がこの川でお亡くなりになってたんだろうなと。。。思わず心が静かになり無言になります
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原爆の子の像↑今回講演をお願いする川野登美子さんの同級生の佐々木禎子さんが原爆病でお亡くなりになり同級生の仲間と共に原爆の惨たらしさ平和の尊さを伝えるために原爆の子の像を建立されたお話しの元となる場所です。いまでもたくさんの方々が平和へのメッセージとして折り鶴を納めていらっしゃいます。

平和記念資料館へ足を運び、そこでは原爆の恐ろしさを詳しく見ることができる場となっています、そこでふと周りを見渡していつもと違う違和感を覚えました。。。そこは日本人はほとんどいなかったのです外国の方々ほとんどで、いろんな人種の方々が平和記念資料館にいらっしゃいました。。。私お恥ずかしながら広島ヘ初めてでして平和記念公園に来たのも初めてでした。

そこでは、外国の方々世界中の方々が平和について広島へ学びに来ていたのです。50を手前にして初めて広島で原爆の事を学んでいる自分に対して世界中の方々が熱心に平和について日本で学んでいることに気づいて、意識が足りなかったなと反省しました。今ある平和が当たり前になっていました。

だからこそ、いましっかりと世界の中で唯一被爆体験をした日本人が平和について学び、海外の方と会ったときや海外のお友達とお話しする時は、世界中の誰よりも胸を張って平和の大切さを日本人が率先して伝えるべきだと感じました。

あらためて、今ある平和のありがたさを実感して日々穏やかに暮らしていきたいと実感しました。

Posted by 専務 at 22:36 | Category : | Comment : 0

2017年06月21日

追悼 エミリーさんありがとう!

日本にBALLOONを広めてくれた第一人者、エミリー杉浦さんが病気の為お亡くなりになりました、心よりご冥福をお祈りいたします。

エミリーさんは日本の風船からBALLOONへと進化させBALLOONビジネスを定着させた方です、私は20数年前に業界紙にバルーンディスプレイ講座が開かれる広告をみて即申し込みました、広告を見たとき、あぁよく映画にでてくる風船だ!こんなにたくさんの風船があったらドキドキわくわくするだろうなぁ!と思い、エミリーさんが主宰するバルーン講座に参加致しました。

もう、見るのも触るのも造るものもすべて初体験!わくわくドキドキ楽しみながらBALLOONを作り上げました、エミリーさんの素晴らしい所はBALLONをしっかり利益を取るものと教えてくれてビジネスとして受け入れることが出来ました。

こうして日本中にバルーンショップができたのも、エミリーさんの夢の世界を私達に伝えてくれたからです。
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エミリーズバルーンアートスクール第一期生が私中島(左)エミリー杉浦さん(右)です

これからのエミリーさんの夢のBALLOONの世界を私達は形にしてたくさんの方々にBALLOONの魅力楽しさをお伝えしていきます。

エミリーさんありがとうございました!エミリーのBALLOONはこれからも永遠に沢山の人たちを笑顔にしていきます!!

バルーンショップラヴィウェブサイト↓
http://balloon.lavie-wedding.co.jp/


Posted by 専務 at 23:47 | Category : | Comment : 0

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